第60回品川セミナー
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は再生医療への応用において大きく期待されているのみならず、患者さんからのiPS細胞の作製により、病気のメカニズムの解明や創薬にも応用可能であることが示されています。iPS細胞樹立には、遺伝子配列の変化は必要としませんが、“遺伝子の使い方”がダイナミックに変化することが知られています。iPS細胞の樹立(初期化)過程では、遺伝子の使い方が変化することで、細胞は無限に増殖可能となります。無限の細胞増殖能の獲得は、発がん過程においても必須であることから、細胞の初期化と発がん過程の共通点が注目されてきました。私たちは、これら二つの細胞運命の変化における類似性に着目し、iPS細胞作製技術をがん化過程の理解に応用する取り組みを行っています。
細胞の初期化と発がんとの関連を明らかにするために、全身で細胞初期化遺伝子を誘導できるマウスを作製しました。マウスにおいて細胞初期化遺伝子を強制発現させると、体の中で細胞が初期化しiPS細胞ができることが分かりました。興味深いことに、体内での細胞の初期化を途中で停止させると、iPS細胞ではなく、がんに類似した病変が出現することが分かりました。それらの病変は小児がんに類似し、遺伝子の使い方が大きく変化していることを確認しました。細胞初期化に関わる遺伝子の使い方の変化と小児がん発生との関連が示唆されました。本セミナーでは、体内での細胞初期化によるがん発生モデルを紹介し、遺伝子の使い方の変化と発がんの接点について議論します。特に、遺伝子の使い方の変化によるがんの発生と、その治療への展望を紹介します。同時に、がん細胞の初期化によるがん発生メカニズムの解明への試みを示し、iPS細胞作製技術を用いたがん研究の可能性を紹介します。