第57回品川セミナー
第57回品川セミナー
ネオリベラリズム後の政治世界
─安定化の条件をラテンアメリカの経験からさぐる─
─安定化の条件をラテンアメリカの経験からさぐる─
平成27年2月6日(金) 17:30より
村上 勇介(地域研究統合情報センター准教授)
国家が一定の役割を果たす経済社会発展のあり方が行きづまり、市場経済原理を徹底し国家の役割を縮小させる経済路線がとられる。そうした路線は、ネオリベラリズム、新自由主義と呼ばれる。ネオリベラリズム路線のもと、社会における格差が拡大する一方、政治が流動化する。いまさら多言を弄する必要あるまい。細かい状況や歴史的、地域的な文脈が異なるものの、わが国をふくめ、多くの国々において観察されている現象である。
日本においてネオリベラリズム路線が本格的にとられるのは、自民党の小泉政権(2001年〜2006年)においてである。戦後の日本政治を支えてきた「55年体制」が1990年代にはいって崩れ、政治の流動化が始まった。それからすれば、ネオリベラリズムの本格的な導入によって、日本の政治が流動化したわけではない。しかし、ネオリベラリズムの導入、ならびにその結果として少数の「勝者」と多数の「敗者」が出現し格差が拡大する社会情勢のなかで、政治の流動化が加速したことは確かである。少なくとも、今後、10年、20年にわたり、日本の政治、とりわけその政党政治が、「55年体制」のもとで経験したのと同レベルの安定度を実現する見とおしは存在しない。
ネオリベラル改革後に政治が安定することはないのであろうか。安定化する場合があるとすれば、それは、どのような条件のもとで実現するのであろうか。
本セミナーでは、前述の問いにたいする答えを、ラテンアメリカの経験を振りかえる作業をつうじて、探してみたい。
なぜラテンアメリカに注目するのか。ラテンアメリカは、1970年代という、世界的にみて、比較的早い時期からネオリベラリズム路線の導入が始まった地域で、現時点において、すでに、同路線の帰結が地域レベルで観察、比較できるためである。
ラテンアメリカでは、1970年代までの約半世紀の間、輸入していた製品を自国で製造するようにする輸入代替工業化を中心とする国家主導型の社会経済開発が推進された。「国家中心モデル」と呼ばれるこの開発モデルは、1970年代までには、その破綻が誰の目にもあきらかとなった。それに代わり、1980年代からは、グローバル化の進展を背景にネオリベラリズム路線が導入され、「市場中心モデル」が基調となった。そして、1990年代は、ネオリベラリズムが支配的な時代となった。しかし、「市場中心モデル」のもとでは、マクロ経済レベルの安定と発展は可能となったものの、歴史的、構造的にラテンアメリカ諸国が抱えてきた格差や貧困を克服するにはいたらなかった。そのため、1990年代末以降、ネオリベラリズムの見直しを求める勢力が台頭し、今世紀にはいると、多くの国で政権を握る「左傾化」現象が観察されてきた。
ただ仔細にみると、現在のラテンアメリカは、1990年代のような、全体として一定の支配的な方向に向かいつつあるというよりは、まだら模様の状態である。ネオリベラリズムを堅持している国が存在する一方、「国家中心モデル」への回帰を志向する場合や、市場原理の原則は維持しつつも社会政策などで国家の役割を強める中間路線の例がある。大きくは、こうした3つの方向性が観察されてきているなかで、歴史的背景の違いなどから、国ごとに多様な過程を呈している。
他方、ネオリベラリズム改革以降、様々な矛盾を抱えつつも政治が安定化してきた国もあれば、社会紛争を克服し調和を実現する糸口が見いだせずに不安定な国もある。ただし、前者の例は少数にとどまる。いずれにせよ、ネオリベラリズムを支持する立場の右派勢力も、格差や貧困といった社会経済の課題を無視できなくなっている。ネオリベラリズム全盛の時代は過ぎたという意味で、ラテンアメリカはネオリベラリズム後(ポストネオリベラリズム)の時代に入っている。
如上のようなラテンアメリカが提供する題材のなかから、本セミナーでは、ネオリベラリズム後に、政治、とりわけ政党政治が安定した国と不安定な国が存在することに着目する。そして、そのような異なった帰結を生じさせた原因を探究し、政治が安定化する条件を考察する。