第46回品川セミナー
ミャンマーでは、2010年11月に総選挙が実施され、翌年3月開かれた国会で憲法が採択されて、テイン・セイン大統領の新政権が発足した。2012年1月には、民主化運動指導者が大量に釈放され、補欠選挙でアウン・サン・スーチーが議員に選出されている。
他方、2011年8月ころから経済改革も加速し、2012年4月には中央銀行が市場為替レートを公認する形で複数為替レート制度が解消された。ティラワ、ダウェー等では大規模港湾・工業地区造成が検討されている。
政権の経済改革の目標としての特徴は、特に、地方少数民族に配慮した貧困削減と包摂的成長を強調し、ASEAN経済統合と次回選挙を視野に改革の目標期限を2015年までと短く区切っていることに見いだすことができる。
経済改革と現在の経済環境を考えるためには、課題を4つにわけると理解しやすいのではないかと思われる。
1つ目に、明らかにこの経済改革によってはじめて動き出したものがある。複数為替制度とマクロ経済の不安定性がミャンマー経済の元凶だったが、現政権は制度の再構築に取り組みマクロ経済の安定化に成功している。
2つ目は、軍政下の経済構造変化への対応としての課題がある。過去20年の軍政下の不安定なマクロ経済のもとでも、サービス業、宝石、またおそらく麻薬などの輸出を通じて民間部門の資本蓄積が建設不動産、銀行業を中心に進んでおり、地場の財閥が成長している。これらの活力を引き出しつつどのように統御していくかという点が重要である。萌芽的に現れている農業、工業部門をどう支援していくか、という論点も重要である。
3つ目は、政治経済改革の背景には、短期的な外部経済環境の変化によるミャンマー経済の好転があることである。2004年頃から天然ガスの輸出は大幅に成長が拡大した。これが天然ガス事業を独占する国営企業を通じて政府収入となり、アジア金融危機以降、払底していた外貨準備の回復に寄与した。政治・経済改革に乗り出す前提としてこうした経済の好転があったこと、それゆえにその環境の今後の変化が改革に影響する可能性を、認識しておく必要がある。
4つ目として、経済改革によって新たに勘案しなければならないリスクがある。直接投資を受け入れることで、これまで動きがなかった国際資本フローにミャンマー経済がさらされ、海外の状況に影響されやすくなり、マクロ経済の運営もより複雑になるだろう。
1990年代の軍政下の経済改革では国有企業の民営化は不徹底だったといわるが、この20年で国営企業の存在は低下している。一方で、この20年間、民間資本の企業は国内セクターを中心とする財閥として成長してきた。まず貿易業によって資本蓄積を行い、不安定性なマクロ経済の中で、国内の不動産部門への投資や建設業で伸びたケースが多い。
例えば、SPG-FMIグループはその典型的な企業であり、貿易業で成長したのちにライセンスを得て、銀行業にも進出してくる。カンボーザ銀行は、最大手の銀行であるが、オーナーは、シャン州の宝石(ルビー)商人である。国内のサービスセクターを中心に拡大し、国内の航空機産業にも参入している。ネピドー首都移転時の道路・空港等インフラ建設の多くを担ったとされるAsian Wealth Groupは、シャン州・コーカン地区の指導者で麻薬王のLo Hsinh Hanが中央に帰順後に設立した企業として知られている。
現段階の経済改革の課題としては、このように成長してきた民間資本をしっかり統御していくための経済・企業システムを構築していくかということが重要である。また、これまで十分な成長を果たしてこなかった縫製業や農業の成長の萌芽がみられることは明るい材料であり、こうした分野の支援をどう考えていくかも大事である。他方、オランダ病など資源輸出型のマクロ経済構造が持つ問題とどう折り合いをつけるのかという課題もある。国内の資源動員を効率的におこなうための金融システムの再構築も重要な課題である。